2002.8.11(日)ブエナ・ヴィスタ
さくらが婚約を解消されて、まわりはハラハラ。でも本人は明るくはしゃいでる。……みんなといるときはね。本当は眠れず、悩み苦しんで……。
おじいちゃんが言う。「人間、一番しちゃいけないのは自分にウソをつくことだ。江戸っ子はやせ我慢するが、自分を知った上でやってるんだ」と。
初めてさくらは泣く。ああ、とても大切なことだ。泣きたい気持ちをごまかしてはイケナイ……。
……と、わかっていても、だ。
会いたくない人がいれば悩む。誰かを嫌いだなんて、人としてダメだって気持ちがある。正直なところ、どうなの? 「ホントは会いたくない……」。そうなの? それでいいんだよ。この気持ちを積み残したまま、うじうじ悩んでいても、ね。
親しい友だちが滞在記を読んで、「すごく大変だったんですね」と言葉をかけてくれた。いつもは心配されると反発するけど、心に沁みた……。すごく大変だったの……。
いまほんとにボロボロだ。なのに自分で認めてない。さくらがしていることと一緒だね。自分を知ることが大事、と知りつつあるけど、いつも最初で躓いて自分をごまかしてしまう。素直になるには、まだまだ練習が必要。
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ブエナ・ヴィスタ(Buena Vista)の町で石の展示会。のんびり行けば1泊の距離だけど、体調不良で昨日は出かけられなかった。日帰りで出かける!
10時47分出発。高速道路I-25を南下し、I-70にのる。高速を家が走っているよ(←写真)。12時16分にジョージタウン(Georgetown)を通過し、12時47分、195番出口を降りる。ここはもう標高2970メートルなんだよね。愛車レガシーくん、上り坂は苦しそう。しばらく行ったところでちょっと休憩。
ダム湖のようだけど水がない(写真→)。しかも地面はいろんな色。きれいだけど……どんな金属が入ってるんだろう。
クライマックス(Climax)の町には大きな工場がある。モリブデンの精錬所? その正門前にジャーキー屋さんが出ていた。車をお店屋さんにしてる。見てみると、ビーフだけじゃなくエルク(大きな鹿)、バイソン(野牛)のジャーキーもある。味見して買う。カチカチじゃなく、しっとりとして柔らかい。おいしー!
8月というのに涼しい。車を降りて買い物してると寒いくらいだ。
13時24分、レッドヴィル(Leadville)を通過。ここの鉱物博物館はスティーブのお薦め。見たいけど……今日は時間がない。そして……またココまで来ることはないかもしれない。後ろ髪をひかれる思いだけど、見るんならゆっくり見たいもの。いつかきっと!
14時05分、会場に着いた。家から200マイル(320キロ)。町を通りすぎたところが会場。ロデオ会場のそばだけど、だだっぴろいのっぱら。西に山並みが見える。すごい風だ。いつもながらたくさんのディーラーさんが並んでいる。見るだけでも時間がいるなぁ。クリアクォーツ(透明な水晶)を中心にいっぱい買った。ピンク色の透明なカルサイトも見つけた。すっごくキレイ。15時20分まで遊んでしまったよ。
少し南にあるジョンソン・ヴィレッジ(Johnson Village)でメキシコ料理を食べる。店の名はCoyote & Cantina。そとにたくさんのバイクが停まっている。ちょっと怖いかな〜とおそるおそる。バイクを見ると、暴走族を連想するのか「こわー」と思ってしまう。アメリカのバイク乗りは体格がいいし、皮で身を固めてるし、余計ね。
そういう心配をよそにサラダとエンチラーダ、おいしかった。食べ続けてると飽きるけど……。アイスティー(写真→)を頼んだら、大きなガラス瓶に入ってきてビックリ。ああ、楽しかった。
アニメにもなってる(!?)サウスパーク(South Park)で古い町並みを再現した一画(有料)を訪ねる。ほんとうの古い家々を移築してきたもの。昔の……開拓時代なんだろうけど、建物って小さい。ベッドも小さい。
「手で造った」というカンジがする。しかも大工さんが洗練された高度な技術をもって、ではなく、そこらへんのおっちゃんやあんちゃんが「そーれっ」で建てたような……。階段の板だって大きさ、厚さはバラバラ。「登れりゃいい!」というシロモノ。こういう大ざっぱさ、大らかさはたくましく見えて好き。
ドラマ「大草原の小さな家」だって、インガルス家のとうさんが自分で家をつくっちゃったんだもんね。写真の部屋、壁には一面に新聞紙が張ってある。風よけだったんだろうな。
18時05分、町を出発。グラント(Grant)からグアネラ峠(Guanella pass)を越える。すごいがたがた道! 切り立って石が落ちてきそうな崖。またもやエアコンが壊れる。
19時17分、ここが峠かな。標高3556メートル。いい眺め。すごい道だったよ。
19時40分、ジョージタウン(Georgetown)に到着。やっと下界についた感じ。ここから高速に乗る。渋滞。山間の高速道路だから、ほかには迂回路があんまないんだよね……。イライラするけどしょうがないね。
21時、デンヴァーの中華料理「珍宝」に到着。牛肉野菜ライスとワンタン麺を頼む。前に食べたときより、おいしい! しかも安い〜。この店は毎日21時半までやっているらしい(その時間まで来店可という感じ。ということは10時か10時半まで開いてるのかな?)。
午後10時47分、家に到着。出発からちょうど12時間♪ 走行距離404マイル(646.4キロ)。おつかれさま。
2002.8.12(月)速攻修理
日本脳炎がインドの東はしにいるらしい。帝京大学にいたころは中国まで行ってたはず。だいぶ西に進んだねぇ。ウェストナイル・ウィルスも西に進んでる。どうして両方とも西を目指してるんだろうねぇ。
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まだ「誰かをキライ」なのはイケナイという気分がある。「それでいいんだよ」「嫌いな人がいてもいいんだよ」って自分を愛で包んであげること。
きのう読んだ雑誌"Sedona the journal of Emergence" にあったんだ。「どんな自分も愛で包む。落ち込んでるときは、落ち込んでる自分を愛で包む」って。
やっぱりあの人苦手……。「自分は特別」って思いがキライ。あ、自分もか。
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伊豆鳥島の硫黄山が噴火。世界各地で洪水被害。
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さくらがおちこんでいる。周りの人が「ショックだったんだ」と心配する。いきなりの婚約破棄。彼はよくよく考えた結果でも、さくらにとっては寝耳に水。
こういう喪失体験がそう早く癒えるわけないだろーっ!! ……と思ってしまう。そういう人にどうしてあげればいいかわかんなくて、居心地が悪いのはわかるけど。
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皿洗い機が壊れた。やれやれ。
午前中、アパートの職員さんが来てくれた。簡単な修理ならやってくれるのだけど、今回は彼らの手には負えないようだ。
アパート側が連絡をしてくれて、午後2時に本物の修理屋さんが。ここはスムーズで、すごいなぁ。アメリカなのに! NJで換気扇が壊れたときは、完治まで1ヶ月くらいかかったっけ? 呼んでも来ないしな〜。
モーター部分をちっといじったら、簡単に動いた。魔法みたいだ。モーターは下の方にあるので、彼は床に寝っころがって腕を組み、駆動部分をじぃっと見つめてる。人が自分ちのキッチンに転がってるのって面白い。
「動くけど、音がうるさいねぇ。設置ミスみたいだ」。
ウェンディのコンドミニアムは築15年だったから、皿洗い機もたぶん同じ年齢。これがまたすんごくうるさかった。皿洗い機はうるさいもんだと思っていたの。でも、新しい機種はもうちっと静かなのね。びっくり! アメリカ人でも騒音を気にするのねぇ。
「そうか、9月に引っ越し? それまでもつといいねぇ。こんど動かなくなったら、取り替えよう。アパートの事務所にも言っておくよ」。
彼はさわやかに帰っていった。すごくアメリカンないい感じの人。ありがとう。
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料理にがて。なんでだろうと思ったら、昔は食べるのが苦痛だったからだ。
2002.8.13(火)善意でも傷つくよ
さむい! 朝起きてビックリ。快晴だから放射冷却? まだ8月。夏真っ盛りではないのかしらん。
日の出は午前6時09分。ロングス・ピーク(うちから見える山)が朝日に染まってキレイ。モルゲンロート。
散歩始めたらさむくて耳が痛い。
こんな時間でも車がたくさん走ってる。アメリカ人って早起きなのかもしれない。Celestica という会社の駐車場は朝7時前には満杯になっている。
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「神さま、一緒にいる?」と問いかけてみる。
「いるよ」「でも、一緒にいる意味ってなに?」「意味がない?」「うーん……」。
「私は特別だっていう気持ちがあって困ってるの」「いいじゃない。ほんとうに特別なんだから」「いいの?」「いいよ」。
太陽はいつもあるけど、雲がかかると見えなくなる。届く光の量も減る。愛はいつも自分に降り注いでいるけど、自分を雲で覆ってしまうとあるかどうかわかんなくなる。雲を造るのは自分の都合。受け取らないのは自分の都合。
ありがとう。神さま、いま一緒にいる?
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日本からのニュース。拉致。誘拐。通り魔……。実際に日本で暮らしていないから、すごく危険な国だと思いこんでしまう。
自分と照らし合わせて考える。みんなネガティブな思いがあがってきて、もてあましている?
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山川さんのメルマガに「体が重かったけど、ある瞬間フッと軽くなった」という意味のことが書いてあった。あ、ミテもそう!
それがなんなのかはわかんない。でも、同じような体験をしてる人がたくさんいるんだろうな。
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婚約破棄されて落ち込んでいるさくら。どう接すればいいんだろうと家の人たちは気を遣う。
でも、気を遣われるのが一番辛い。普通にしていてほしい。
ミテが離婚した直後、やはり周りの人は気を遣ってくれた。でも、それが善意であっても、「この人、気を遣ってる」と気づくだけですごく傷ついた。離婚したというもとの傷に加えて、毎日新しい傷ができて血が流れる。
でも善意の人に「お願いですから、傷つくからやめて下さい」とも言えない。言えないまま怒りがたまっていく。鬱になっても当然だな。
しばらくして、ミテはしゃべらなくなってしまった。気を遣われたくないから、しゃべるのをやめた? 気を遣ってほしくなくて、無理して元気にふるまってた。で、ポッキリと折れた。
抗鬱剤を飲んで、家でうつらうつら寝てた。仕事ができなくなった。そんで首になった。
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でも黙って見守るのは難しい。
ミテだって、誰かに気を遣って傷つけてしまうだろう。わかっていても、ミテの中のなにかが癒されてないからそうしてしまう。
まず自分を癒すこと。そして気を遣われたときの気持ちをもっと思い出すこと、だ。
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さむいな〜。
チェコ、ドイツでモルダウ川やドナウ川が増水中。
2002.8.14(水)無理強いしない
第2次世界大戦。台湾沖航空戦というのがあった。日本の飛行機が鹿屋基地から飛び立って、米艦隊をたたく。ひよっこパイロットが多かったせいもあって戦果を誤認。空母19隻を沈めたと発表。実際には全然沈んでなかったらしい……。
5隻の船団がいたとする。攻撃を仕掛ける。あとで見たら、2隻になってる。「おお、3隻沈めた!」という報告になったみたい。戦場は混乱するとは思うけど、なかなか……こうばしい。
沈んだはずの空母を海軍が見つけて、「あれは間違い?」と気づく。なのに、陸軍には伝わらなかった。これがレイテの悲劇(9万人が死亡?)の遠因にもなったという。
大本営ってひとつではなくて、陸軍大本営と海軍大本営とわかれていたんだって。そして両者は情報をシェアすることもなく、そのうえ陸軍内には情報を軽視する風潮もあったとか。
そりゃ、負け戦になるわなぁ……。
でも、せっかくだからそういう失敗から学べばいい。これを教訓として活かせばいい。
……と思うのだが、「踊る日本大使館」を読んだカンジでは、あんまり学んでないみたい。縄張り意識、メンツ、序列……なんだかなぁ。
陸海軍の対立はアメリカでもあった。なぜひとつの組織に入ってしまうと、他の組織を排除しようとするんだろう。2組に入れば、4組の悪口を言う。H県に生まれた人は、P県を認めない。肌の色が違うから、階級が違うから、言葉が違うから、考え方が違うから受け付けない。
なんでだろう。考えると面白くはあるけれど……。
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「魂の愛」の一節(p.157)。
ある人に対しては愛を感じたくない、ということがあっても大丈夫です。その人の魂を愛することはできても、人格を愛することはできない、ということもあるでしょう。
……人を愛することも含めて、自分自身に無理やり何かをさせたり、感じさせたりするのはやめて下さい。
ああ、それでいいんですね? 涙が出る……。
2002.8.15(木)海軍だったのかー
ああ、でも。
今までいろんなことを自分に無理強いしてきたから、「ほんとにしたいこと」と「やんなきゃいけないから、やってること」との区別がつかない。もっと自分を観察しなくちゃね。
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100パーセント確実でないと実行しない、という部分がある。
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海上自衛隊って、アメリカ海軍が日本政府にもないしょ(?)で手をさしのべてできたものであり、実質的に日本帝国海軍の延長である、というNHKスペシャルを見た。
え、うそっ! びっくり!
国民どころか、政府までとびこしてそんなことを……?
その経緯を記した文書が公開される。それに先だって(雑誌にはもう記事が出ている)番組がつくられた。憲法9条がありながらなんてこった……と思うミテをよそに、歴代海上自衛隊幕僚長は「日本海軍なんですよ〜。すごいでしょう!」と得意顔。「アメリカ」とこんな形でむすびついていたなんて、背筋が寒くなる。幕僚長さんたちとは、意識のずれがあるなぁ。
さらにアメリカ海軍は旧日本海軍に同情的だったようで、A級戦犯は陸軍十数人に対して海軍3人。山本五十六長官は開戦に否定的だったし、やっぱりミテは海軍びいきではあるけど、こんなに差があったなんて。
こういう番組をつくってくれた人たちもすごいなぁ。でも、これから一波乱あるのでは……? ダンナと顔を見合わせてしまった。「やばくない……?」と。
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武道館での全国戦没者なんとかの中継も見た。首相が「平和を願う云々」と挨拶をしていた。言葉じゃなくて、政策で実現してほしいな。
2002.8.16(金)懐かしき痛み
昨日、晩ご飯をつくっていた。ダンナを待っていてお腹がすいてきた。すきすぎて、痛くなった。はいつくばって、起きあがれない。食べれば良くなるかと思ったけど、まだ残ってる。
むむ、これは。この痛みは、昔なじみの胃炎ではないかい?
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そうなんだ。「こんなカラダはきらい! 太っていて恥ずかしい」と思ってる。でも思い出してみたら、すごくやせていたときからずっと「自分はみっともない」と思いこんでいたんだった。
2002.8.17(土)NYへ
昨日はデンヴァー国際空港そばのホテルに泊まった。胃は痛くなったりおさまったり。冷えピタとサロンパスを張る。両方ともアメリカに輸入(輸出?)されていて、フツーの薬局で買うことができる。うーん、ありがたい。うーむ、痛い……。
飛行機の出発は午前7時15分。朝4時半に起きる。眠い。
久々のNewark 空港。ああ懐かしい。私たちがいなくなっても、町はあるんだなぁ。今回はレンタカーを借りなかった。マンハッタンは車なしで動けるからだ。公共交通が発達してるなんて、アメリカでは特異な場所だな。
空港からバスに乗る。ホテルまで行ってくれるやつ。一人片道16ドル。
「ホテルはどこ?」と尋ねられて、プラザ・ホテルと言ったが通じない。あんな超有名なホテルなのに(最後のNYかもしれないから、高かったけどシャレで決めた)……と場所を説明したら「ああ、ザ・プラザ!」。そっか。プラザ・ホテルは日本語であったか。
大きめのバスだった。運転手は黒人女性。女の運転手さんって、こっちでは多いんだよね。高速道路を走行中、いきなり路肩に停まった。なんだなんだ、どうしたんだ〜。ざわざわする乗客。事故でも故障でもなく、ドライバーが携帯電話で話すためであった。良心的な運転??
リンカン・トンネルをもぐってマンハッタン島に到着。町を巡りながら客を降ろしていく。まずはペンシルヴェニア駅(Pen Station)から。何人かが降りるのを見て、近くの人がとても不安そうにしていた。「どこのホテルに行くんですか?」と聞いてみたら、英語がほとんど通じない。スペイン語を話す人であった。
マンハッタンの通りは数字(なんじゅうなん丁目)なので、指を使って「ここは42丁目だから、まだ乗っていて」と会話(?)してみる。結局、彼らは違うところで降りていってしまったのだが……。
グランドセントラル駅ちかくで、小さなバスに乗り換える。予定のバスの運転手が見あたらない。急遽、待機していたもう一台のバスに乗ることになった。こちらもドライバーは黒人女性。とても感じのいいニコニコした人。ニューヨークにもこんなステキな人がいるなんて……! びっくり。不機嫌な人ばかりじゃぁないんだな。
運転手さんがひとり一人にホテルの名前を聞いていく。するとさっき通ったペン・ステーションそばのホテルに行く人がいる。すんごい渋滞をくぐってやっとここまで来たのに! また引っ返すことになる。ああ、うんざり。
チケット売るときにホテル名を聞いてるんだから、「ペン・ステーションで降りるとすぐだよ」って教えてあげればいいのにっ!! 君たちも地理を調べないで、いいなりに高いチケット買わされてんじゃねぇっ!!!
暑くて、痛くて、ぐったりして、のろのろ運転で、いつにも増してプンプン。いや、あんまり怒る元気もないのだが……。
パラパラと雨が降り出す。午後3時半、ようやっとザ・プラザにご到着。
格式の高い(と思われる)ホテルだから、Tシャツだと放り出されるんじゃぁ……という不安は大ハズレ。やっぱアメリカだ。ラフな人もたくさんいる。
陽当たりも景色もない小さな部屋(←写真)だった。ヨーロピアンというか、貴族風っていうか。なんつーか隠れ家みたいで気に入った。おまけに懐かしい気もした。前世で来たことがあったのかもね。
ちっとは元気が出たので、めんちゃんこ亭で冷やし中華とめんちゃんこを食べる。ジュリアードのお店で買い物をして、タワーレコードに行く。かつて買い物をしたバレエ用品のお店がつぶれていた(写真→)。時は流れる〜♪
デリで水やアイスクリームを買って帰ってくる。ホテルのは高いからね。
暑い。ムシムシする。
コロラドは乾燥してるから、蒸し暑いなんて久しぶりだ。うう、クラクラする。サロンパスを張り替えて、ホテルで少し眠る。
スーツケースからシャンプーを取り出したら、容器がひしゃげていた(福山弁? つまり凹んでいたのだ)。フォート・コリンズの標高は約1,600メートル、NYはほとんど海と同じだよね。気圧の差が、このような現象を生んだと思われる。
ホテルのそばの日本食レストラン「天海」で晩ご飯。いくら、ロブスターテイルロール(ロブスターの尾っぽを使った巻きずし)、唐揚げ、天ぷらうどん。うどんが意外においしい。けっこう元気になった。
ヴィクトリアにそっくりな声が聞こえる。話し方、アクセント、笑い声もそっくり。なんと本人がおんなじ店にいたのだった。ヴィクトリアは独身最後の晩ご飯。ご家族と一緒で賑やかだった。
「すごい偶然〜っ!」と再会を喜び、ハグして別れた。明日またね。
2002.8.18(日)
朝からNBC(テレビ局)、紀伊国屋(本屋)、吉野屋(牛丼屋)をまわる。吉野屋はわれわれがコロラドに移ってからできた。カリフォルニアには昔からあるらしいけど、こっち方面では一号店らしい。
タイムズスクェアと聞いていたけど、実際はポートオーソリティーのそば。ヤンキーズ・ショップの隣の隣。カリフォルニアと違って、牛丼は日本のみたいだった。