2003.4.24 更新

2003.4.7(月)インナーチャイルド・ワーク

インナーチャイルドの講座に行って来た。なんだか面白かった。

わたしは人生をどう思っているか? 調べてみると、1歳であきらめ、2歳で絶望していた。なるほど、すぐ「死にたい気分」になるわけだ。でも、そう思うようになったのはどんな体験をしたから?

母が私の耳を切ったことを思い出した。ゴッホと違って、バンソコで治るような傷だけど、散髪中に切ってしまったのだ。

そのことは知っていた。笑い話、面白い話として聞いていたから。「たいしたことじゃないのよ」と安心させるために、笑い話に仕立てられたのだろう。

……でも、切られた当人にはすごいダメージだったはずだ。悲しくて泣いた。電車の中だったけど……。そういえばお箸が口の中にささったとも聞いたような……。そんなことが重なって、人生に絶望していったらしい。

そうだったのか……。涙が悲しみを洗い流してくれた。

地下鉄の出口を出ると、そこは緑と桜の園(青山墓地なんですよ(^^;)。「人生は美しい! 地球はすばらしい!」と思った。あら、びっくり。

♪♪♪♪♪♪♪

子どもは誰でも家族の中で役割を演じている。でもその役割はたったの7種類。成長途中でひとつの役割から別の役割に転じることもある。もちろんいくつかの役割がまざってることもある。

私の役割は「失われた子供」。閉じこもる。自分はよそ者だと感じる。自意識過剰。悲しい。落ち込む。他人を責める。とけ込めない。空想の世界に行ってしまう……。ここんとこ特に強く感じてきたことばっかり!

この役割を選ぶようになったのは、どんな体験があったから?

母が怖いから、近寄らないようにひっそりと本を読んでいたようだ。隠れてしまっていた。なるほどね。耳も切られちゃうし……。

でも「失われた子供」のヒーリングが進むと、肯定的な面が現れてくる。読書家で、孤独を楽しむことができて、いい聞き手、観察者になれる。セラピストとしてはいいじゃない? 社交的じゃないけど、そうである必要もないのだし……。

「怖い母」に感謝だわ……と思って自分でびっくり。おかげで「失われた子供」になり、おかげでセラピストに。そして今の自分が好きだ。

♪♪♪♪♪♪♪

地球に生まれたくなかったこともわかった。すごくイヤだったの。否定的なエネルギーの直撃食らって、ずたずたに傷つく可能性が高かった。それでエネルギー的な鎧を身にまとってきた。すべてのエネルギーを10分の1程度しか感じない。なかなか強力な鎧なのね。

鎧で守られて、その内側で成長を続ける。もうそろそろ地球の(っていうと大袈裟だね)エネルギーを生で感じても大丈夫な時期にきたようだ。

……というような情報を、宇宙のエネルギーとともに受け取った。朝、「地球が好きだ」と思えたから、しっかりとグラウンディングできていた。だから宇宙のエネルギーともつながれた。

インナーチャイルド・ヒーリングのはずがちょっと面白いことになったけど、ほんとなんでもアリだものね。

♪♪♪♪♪♪♪

クラスが終わった後、トリシア先生が「なにがあったの?」と興味津々。以上のことをざっと話すと(つたない英語で、さ(^◇^;))、「なるほどね!」って。

私のエネルギーがしっかりと堅固になったのを彼女は感じたという。ってことは? ワークの中で体験したことはホントだったんだ〜! (ちょっと疑ってた(。o゜)☆\(-"-))。

インナーチャイルドワークの修了証までもらって(以前は前世療法だけだった)、んん〜、なんか春なんだわ。

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2003.4.11(金)聞こえないんだわ

メールの返事がこない。「きっと怒ってるんだ」「ミテのこと、嫌いなんだ」と感じる……と以前この日記に書いた。

あわてて返事をくださった方がいた。長いつきあいの友だちは「そんな風に感じる人がいるなんて夢にも思わなかった。ごめんね」と言ってくれた。

インナーチャイルド・ワークのとき、ふとわかったんだよね。

母は不機嫌なとき、イライラしてるとき、怒ってるとき、返事してくれなかった。ドラマ「イグアナの娘」でも「ただいま」って菅野美穂ちゃんが言ってるのに、おかあさんが返事をしない。でもちょっと違うの。

ドラマでは、「私はあんたなんかに返事しないわ」っておかあさんの態度が明らかに物語っている。おかあさんは常に「あなたなんか嫌いよ」光線を発してる。それならまだいい……と思う。態度が一貫してる。わかりやすい。

うちはね、わかんなかった。母は、上手に「聞こえないフリ」をしていた。するとミテはすごく恥ずかしくなった。なんでだろ。私が悪いんだ、ごめんなさい? うん、よくわからない。とにかく恥ずかしくて、話しかけるのを諦める。

「ねぇねぇ、聞いてよ〜」とまとわりつくことはまずなかった。ベタベタする子は嫌い、って言われるのが落ちだし……。

ミテの声が小さいから、聞こえなかったんだ。そう自分を慰めていた。だからいまでも声が小さい(らしい)。物理的に聞こえなかったんだからしょうがない。私を拒絶したワケじゃない……って思いたかった。

♪♪♪♪♪♪♪

そういえば「今度遊ぼうよ」「会いましょう」って自分から声をかけるのも苦手。面と向かっているときはいいんだけど、メールで人を誘うことは滅多にない。

聞こえないフリされる、無視される、拒絶されるのが怖いんだろうな。骨身にしみちゃってるのね。誘ってもらうとすごくうれしいのに……(行きたくないときは断っちゃうけど)。

しばらくはこのインナーチャイルドとワークだね。

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2003.4.14(月)非難と罪悪感のゲーム

「鉄腕ダッシュ」で缶けり鬼をやってた。TOKIOの4人が都内10カ所くらいに設置された缶を蹴る。100人の「刑事」が缶を守る。この企画はもう4回目くらいで、いつもTOKIO の勝ち。戦史戦略家のダンナは大いに楽しんでみていた。子どものころ、実際に缶けり鬼で遊んだこともあるというし……(若いのにねぇ。ミテはやったことないの(^^;)。ミテも以前は喜んで見てた。

でも今回は怖くて怖くてドキドキ。「たくさんの人に狩られる」ちゅーのがこたえたらしい。やっぱそういう経験をしたんだろうね。いつだったかの人生で……。

♪♪♪♪♪♪♪

そうそう、メールの返事がこないと「相手が怒ってる」と恐れていた。じゃあ自分は……?

怒ったときは返事をしない。それはある。でも稀で、いまは「怒ってます」「傷つきました」と相手に言うようになってきた。

ああ、そうか。

ちょっと逆で、以前は「怒ってませんよ〜」とアピールでもするように、迅速に返事をしなくてはと焦っていた。怒ってると思われたらどうしよう……というワケだ。返事がいらないようなメールにまで律儀に返信していた。ここ最近、とくに帰国後はときに1ヶ月や3ヶ月もお待たせすることもある(いまはもちょっと早い)。

なんだか、なるほど、だ。ちょっとした成長……。

♪♪♪♪♪♪♪

たいていの人はなにかしら「困った人間関係」にはまっている。その人間関係は必ずあるパターンをもっていて、人はそこから抜けられない。非難と罪悪感を捨て去るまでは……とインナーチャイルド・ワークで教わった。

なーんと!

ってことは、おおかたの人が「非難」から逃れられてない、ってことじゃん。そっかけっこう普遍的なことなんだな。

あと、「あなたとはワーク(メール)できません」と伝えるときに、ほぼ必ず一悶着あったことにも得心がいった。

「こんなこと言って、見放された、拒絶されたと傷つくだろうな……」と罪悪感にとらわれながら、「でももうやってけない!」という心の叫びに押されて、行動に出ていたんだった。

罪悪感があれば、相手に「ひどい!」と非難されたときに地雷が炸裂する。それでまた相手を「だって、あんたはこうこうだ」と非難し返したりする。そうしてパターンにはまりこんじゃうわけだ。

罪悪感がなければ、非難されても「そうなんですよ、ミテはひどい人なのよ」ですんでしまうんだろうな。

罪悪感と非難を手放すには?

やっぱりジャッジ(よい悪いと判断すること)をやめるに尽きるだろう。ジャッジはエヴァが「禁断の木の実」を口にしたときいらい身についた能力だ。長年連れ添ってきたものではあるけれど……そろそろお別れの時なんだわ。ながいこと、ありがと。

姿が見えなくなるまで、手を振って感謝してよっと。

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2003.4.17(木)絶望してる、って言おう

その昔、「ノルウェイの森」を読んだ。読みながら大泣きした。泣きながら読み続け、なにをやってるんだろうと思った。

次の日からおかしくなった。言葉が出にくい。横向きに廊下を歩く。あまりのことに精神科受診をすすめられた。処方された抗うつ剤を飲んで、家でずっと寝ていた。仕事をクビになった。

離婚後半年の出来事だった。それまでは超緊張状態。寝なくても眠くならず、食べなくても食欲は感じず、ゲンキに振る舞ってい(るつもりだっ)た。誰からも心配されたくなかったんだろう。憐れみはいらない。

「ノルウェイの森」で糸が切れた。なぜだかはわからない。でもカラダが悲鳴を上げたのだと感じる。だれか助けて、と。

この本を読んで思った。人間には2種類いる。「生に惹かれる人」と、「死に惹かれる人」と。自分は死に惹かれている方の人間だと感じた。死んじゃおうかとも思ったができなかった。

十年以上の歳月を経て思う。

「死に惹かれる」ではなく、「生に絶望」していたんだ、と。生きることは辛く、悲しく、意味もなく、痛みに満ちている。耳は切られる、箸は口の中に刺さる、「ぐず」と罵られる……。些細なことで、私は生に絶望し、それでも生きていたら離婚しちゃうし……(おなじ目に遭っても絶望しない人だっているだろうけど)。

絶望していることを自分にも内緒にして生きた。うすうすはわかっていたけど、自覚してなかった。

40年以上生きて、自分の絶望を自覚した。すると、生が楽になった。

朝起きて、「また今日も生きなくちゃいけないのか」と思うことがなくなった。それは一瞬のかすかな思いだけど、いつも見逃してしまうほどの小さな声だったけど。アストラル界の夢から覚めた100万分の1秒のできごとだったけど……。

自殺したい人に「死ぬな」というのではなく、その心の奥に秘めた絶望をわかりあえたら……。そしたら、なんて思う。

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2003.4.21(月)瞑想の新境地

インナーチャイルドのセミナー後、瞑想を再開した。

最近、なんとなくやってなかった。「ライトボディの覚醒化」で瞑想を教わってから、やったりやめたり。教わったことはすごくよかったと思ってるけど、だからってずぅっと毎日はできないミテ。

友だちが「瞑想はキモチイイ」と言った。そのころのミテにとっては、けっこう苦痛だった。だから続かなかったとも言える。どっちかというと、「やんなくちゃ」と自分を鼓舞しないとできないものだった。

いまは、なるほどキモチイイと思える。以前は自分が漂い出すのが怖かった。自分にしがみついていた。漂い出すことを許さないなにかがあった。

いま思うのは、それも必要だったということだ。なにかトラウマがあって、最近癒された。だから、変わってきた。それも真実だ。でもそれだけじゃない。

個人的な理由以上に、なんというか……そういう時代、時期? 「フォトン・ベルト」で「光の十二日間」で「ニュウ・エイジ」の幕開けで……という流れともすごく関係している、ような。

精神世界にクビつっこんでるくせに、瞑想が続かない。つーのは、なかなかの引け目だった。自分を責めたりしてきた。でもこういう視点をもてるようになって、またひとつ自分と折り合いをつけられた。

また瞑想さぼる日も来るかもしれない。でもそれだって必要なことなんだ。そうそうそれでよし。

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2003.4.23(水)チェーン・メール騒動

自分から人を誘うのは苦手だ。メールも多くは来たのに返事をするだけ。

きのう「病気の子どもがいて、Bマイナスの血液がほしい」というメールが友だちからきた。そういう知り合いはいないから、珍しく自分から知り合いにメールを回した。すると「チェーンメールでは?」という返事が……。

くそー、と落ち込んだ。

言い訳を考えたから、後ろめたかったんだろう。反射的に「落ち着かなくちゃ」と思い、「いやいや、押さえつけないでこの感情を味わおう」と思い直す。

はてな、いったいなにを感じている? どんな感情? どんな思い?

悔しい。……それは、どういう悔しさ?

ふたつある。指摘された悔しさ。だまされた、見破れなかった悔しさ。

だまされた、ってほうが大きい。……それはどういうこと?

つまり「失敗した!」悔しさであり、自分がふがいないって強く思ってる。指摘した人にはわかったのに、ミテにはわかんなかったっていう悔しさでもある。

というわけで、「失敗した!」と思っているインナーチャイルドとワークする。

そうだ、親もだけど先生も子どもの失敗をなじる。わざとじゃないし、本人が落ち込んでるのに、鬼の首でも取ったみたいに叱り、非難し、かさに掛かって子どもをいじめる。……そういえばそうだよね。うちでは父も母の失敗をなじってたし。悔しい母は同じことを子どもにする。両親とも、おんなじインナーチャイルドを抱えていたに違いない。次世代のワタシはみごとに受け継いでいるのだ。

なじられ、責められた悔しさ。情けなさ。それがまだ心の中に傷をつくっている。今回それが呼び起こされたんだ。

で、傷があるってことはミテも人の失敗をなじり、非難してるってこと。そういえば「チェーンメールだからやめてよ」って人に言ったことも一回じゃない。

♪♪♪♪♪♪♪

わりとすらすらとわかる。このインナーチャイルドは比較的かんたんだ。肌の色つやもいいし、ちゃんと人間のカタチをしてる。一回で光にかえっていったし(でも前世療法じゃないんだけど……(^^;?)。

失敗したっていいや、って心から言える日も近い。

♪♪♪♪♪♪♪

「これホントかなって疑うより、だまされた方がいい」ってメールも来た。金八先生じゃないけど、そうも思う。「わたしもやっちゃった」ってメールも来た。なんかうれしかった。人間って暖かい。

またチェーンメールをするかもしれない。それでいい。

チェーンメールを熱心に退治する人もいる。それもいい(いまは畜生と思っている(^◇^;))。

久々にメールした友だちから返事も来た。メーラーの機能がヴァージョン・アップして使いやすくなったこともわかった。

うん、結果としてどれもいいんじゃない?

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2003.4.24(木)プチ新生

世の中は悪意と敵意に満ちている。人は私を傷つける。生きるのはなんて辛いことだろう……。でもまれに私を傷つけない人がいる。そういう人とはひとときお友だちになれるかも……超まれだけど。

というのが、私の人生観。……だった。とハッキリ認識した。

「チェーンメールでは?」と言われた瞬間、うろたえ、狼狽し、くそーと思い、またこっぴどく怒られる、だからいやなんだ、だまされた、かっこわるい、失敗した、ひどい、もうおしまいだ……と思った。

人々が鍬や鎌をもって押し寄せてくる。たいまつを灯して。捕まれば拷問、そして火あぶりか、なぶり殺しの目に遭うんだ……(>_<)。(まだいたのね。怯えた魔女)。

個別にお詫びメールを送り、戦々恐々としていると「病気の子はいなかったんだ、よかった」「身内がそうなったら、なりふりかまわず自分もやっちゃうかも」「私もこの前だまされちゃった」「B型だけど+なの。ごめんね。ところで先日、旅行に行ってね……」「チェーンメールってなんだっけ?」「きゃー、美穂ちゃーん! こんど会おうよ!」「だまされた私も友だちもいいな、かわいいなって思うの」「ご無沙汰してます。メールすごくうれしかった」「またみんなで会いたいね」……。

……あれ?

チェーンメールに腹立てたり、怯えたりするのって……少数民族? みんな……なんてあったかいの? 世の中って悪意と敵意に満ちてないのかもしれない……???

ひとりひとりの存在の粒が立って(ゴハンじゃないけど、そんな気がした)、空間がとてもほんわかとあったかい。私ってあたたかい人間に囲まれているんだ……!?

思いがけずそんなイメージが浮かんだ。生まれて初めて……かもしれない。まるで生まれ変わったみたいだ。

粒が立ったみんなの存在を感じて気づく。いままでの私は人のことを書き割りのように感じていたのかもしれない。切り抜いてつくったペラッペラの紙人形のように……。

ごくごく軽症ではあっても離人症? 私の回りにはうすい膜が、フィルターがあって、世の中から自分を切り離していた。あの強い疎外感を考えてみると、そうだったと思う。

うーん、そこまでの恐怖の中で生きてきたのか。

♪♪♪♪♪♪♪

昨日は人に会った。Sungoddess のセラピストamyさん。

なんだかとても楽しかった。それに思いがけないことを彼女は言うのだ。「ミテさんに会いたい人がいっぱいいますよ」。そんなメール、あんまり来ないし、ウソでしょう? あ、でも帰国直後は会いたいって言われて、でもすごく不安定だったからみんな断ったんだっけ。でもそれ以来ぷっつりだよ。会いたい、なんてあり得ない!

照れくさい。面はゆい。でもうれしい。

実は「私なんか、ミテなんか」という気持ちがすごくある。私なんかに会ってもらうなんて申し訳ない。私なんかがメールしてもいいんだろうか。私なんかに誘われたら迷惑だろう。

あれ……? でも、そうではないのかな?

ミテをいい気持ちにさせてくれる言葉を聞きながら、あれあれあれ?

♪♪♪♪♪♪♪

最近、ガイドだかマスターだかがそばにいて、時々言葉(エネルギー?)のやりとりをする。「こんどamyさんに会うの」「彼女はあんたとは違うタイプの人。その日はタフな日になる」「え? 彼女とバトルするとか??」「いやそういう意味じゃない。まぁ、安心してろ」。

うーむ、こういうことだったのか。

チェーンメール騒動があって、彼女のエネルギーをたっぷりもらって、ミテはある意味生まれ変わった。メールのことではうろたえ、人に会って楽しく、嵐のようにどんぶりこで確かにしんどい日になった。でも産みの苦しみを経て、新生!?

amyさんもまた新たなステップが始まったらしい(彼女のサイトの日記をミテね。びっくりなのだよ)。

♪♪♪♪♪♪♪

人は苦しんで他を傷つけることもあるけれど、暖かさももっていて、人が出会うともっと暖かいなにかが生まれる。……こともある。

なんだか凄いッス。みんなどうもありがとう。

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