2004.10.29 更新

2004.10.2(土)イチロー、記録達成!

シーズン安打数258本! 84年ぶりの大記録。ジョージ・シスラーを越える!

……というニュース。いろんな人がいろんなことを言っていた。日本ありがとう、っていうアメリカ人。すごい! えらい! もっと打って! 感激……その他その他。

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ふーん、なんて醒めた目で見ていたりして。勝手なこと、言ってるし。期待するってのはさ、とかなんとか。

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ほうほう、と心の中から声がする。キミの感じてることはそれなの?? 素直になって、ほんとうの感情を感じたら?

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そうだった。

そうなの! ほんとうは、大感激!! もう嬉しくて、涙がポロポロ出てくる。ああ、すごい!

なにをシニカルなふりをして、批判がましいこと思っていたんだろーなー。そうしていたときの苦しさ。素直に感激したときの爆発力と爽快感。ただキモチイイ。

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素直に感情を感じよう月間だけど、気がつくと抑えたりしてるんだなぁ。わかってよかった。

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感情を感じるようにしていると、新聞を読んで泣かない日はない。悲しい記事。あたたかいニュース。楽しさ。感激。悲劇。

号泣して、嗚咽して、するともうすぐに、おかしいことは大声で笑える。いま泣いた烏がもう笑った。赤ちゃんとおんなじ。いいなぁ。とても自然。

ただすなおに笑って泣いて、怒ることで心は癒される。

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徳永進先生の「野の花診療所」が好き。職員も患者さんもご家族も、悲しみに泣き、結婚式に感激し、きれいなものに心を寄せるから。

もう我慢の時代は終わりなんだわ。素直にエネルギーを流しましょう。

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イチローはね、プレッシャーから逃げないんだって。プレッシャーを軽くするのではなく、そこにいて感じ続ける。プレッシャーでもあるし、そこにワクワクもするんだって。ああ、そうか。やはり、ただ感じること……なのね。

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2004.10.3(日)思いどおり

この日記に共感してくださる方が、少なからずいる。

おもしろい。

私はただ、自分の心の中で起きていることを探して観察しているだけ。言葉にしているだけ。「わたし」のことなのに、それはほかの人の中でも起きていたりする。

わたしたちはひとつ。私のなかにすべてがある。

それって、こーゆーこと!? 「遠い」と思っていた言葉が、こんなに身近だったなんて。すごい。

「わたしを知る」って、やっぱり大きなことなんだなぁ。すごいなぁ。

わたし/あなた/みんな、すごい。

感想を寄せてくださったみなさん、どうもありがとう! 感謝。

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思いが人生を創っていく。

そうなんだ。「ここでビブラートはできない!」と思っていると、できない。できるかも、と思えると、できたりする。

健康診断で高脂血症と言われた。

そうか。

「人生は辛い。生きるのは苦しい」と思ってきたから、その思いがからだに不具合を創り出したんだなぁ。生きるのは楽しい、と思いはじめたら変わる? これから先が楽しみ。

祖母も父もコレステロール値が高かった/高い。人生、苦しかったんだなぁ。辛かったんだね。

ときどき落ち込んだり、体調を崩したりするのも、「人生は鬱々としてる」と思っていたから。「なにもできない」「生きるのはつまらない/退屈だ」という思いもある(あった)なぁ。

女であることは損だ、と嫌い、呪い、憎んでいる。だから、生理が重かったり、生理痛がひどかったり……。

からだが「あんたはこう思っているんだよ。いいのかい、それで?」って教えてくれているのね。ありがとう!

いつも「ほんとうの自分」を思い出すようにと、働きかけがある。いいなぁ。どうもありがとう。

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そうなんだ。なんかひどくシンプルだなぁ。いいなぁ。超簡単。明快。単純。

人生はわたしの「思い」どおり。思いが創り出した人生を、わたしは経験している。

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「やりたいとか、やれるとか思うと、プレッシャーはかかるもの。注目を苦しいと感じることはない」とイチロー(本日付、毎日新聞朝刊一面のインタビュー)

そうかぁ。プレッシャーを苦しいと感じるか、楽しみと感じるか。押し潰されると感じるか、はねのけられると感じるか。それはわたし次第。

それだけ。

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2004.10.5(火)やってみよう!

昨日、NHKの「英語でしゃべらナイト」に全日本女子バレーの監督さんが出ていた。外国から来た方で「日本の選手はすぐ『できない!』って言う」。

それを聞いたら、ダーーーッと涙が。

「子どものころから、なんでもカンペキにしろと言われて。失敗はわるいことじゃないのに。家庭や学校での教育を考え直さないと」。

もう涙を流しながら、ひっくひっくしゃくりあげて。抵抗せず、ただ泣く。ダンナも慣れたもんだ。そういうわたしに驚かない。

まだまだ辛い思いが心の中にあるんだなぁ。カンペキでなくては、と張りつめていた幼い自分。幼稚園児のくせに「しっかりしなくちゃ」と自分をむち打っていた自分。……辛かったんだね。大変だったね。

人生は「苦」だったんだね。

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7月・8月・9月にまたがった風邪・肺炎・アレルギー性鼻炎/喘息がゆっくりゆっくりと治って、不思議なんだけどどっか生まれ変わったような気分。

なにをしていなくても、生きてるっていいなぁと思う。意識的に「自分はこうあろう」と選んでいる実感。これまではわかってるつもりでボンヤリしていたことが、ハッキリしてきたり。

自分の怒りにたじろぎつつも、前より客観的になってもっと大きな視野で見ていたり。「自分はダメ」と思わなくていいのだ、と心の底からわかってきたり。

あれだけ落ち込んで、ピリピリして、絶望して。そういうどの瞬間もいまにつながっているんだなぁ……。いままで抱いたどの思いも、いまのわたしの肥やしになっているんだなぁ。

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すこしわかってきたんだ。

いまピリピリしてる人、絶望してる人、悲しくてどうしようもない人、酒やタバコに救いを求めている人、批判ばかりしてしまう人、悔しくてしょうがない人。それは「過去のわたし」なんだ。理解しがたい赤の他人じゃない。わたしは経験者なんだから、きっと理解する道がある。すぐには無理でも、じっくり取り組めば。

過去生にまで広げてみれば、赤子も殺したし、生け贄の心臓を素手で鷲掴みにしたし……。それも「自分」だから、きっとわかる。そういう誰かに寄り添うことができるはず。

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とりあえずはアトランティス人を嫌うのをやめた。憎しみを手放すと決めた。

いままでは「わたし、アトランティスにいたんです」なんて言う人は嫌いで、ワケもなく(ほんとはあったの)苦々しく思ってた。

でも憎んでいては、ただの繰り返しだもん。すこし、成長。いやだいぶ? ふふふ。ワケもわかってきたからな。

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2004.10.10(日)またひとつ解けた

おふとんでヌクヌク・うとうとしていたら「あんまりホントのこと、言わないのよ」って声がした。

ああ、きっときいたことのある声だ。むかし……。

子どもって、親がギョッとするようなことをひとに言ってしまう。うんことか、おちんちんとか、「おかあさん、こんなこと言ったの」とか、大人が公衆の面前では隠そうとすること。

そんなときにでも、言われたんだろうか。

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きっと真に受けたに違いない。これも一つの理由なんだろうなー。母に言えないことが多かったことの。

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子どもでいることは大変だ。

「ホントのこと、言わないのよ」と怒られ、同時に「素直になりなさい」なんて要求されるんだもんね。混乱しちゃう。

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テレビでドライブの番組をやっていた。視聴者からの質問に答えていたのだが、「どう走ればいいか」「助手席ではどうすればいいか」……。

ちょっとビックリ。

運転の好きな人/それほどでもない人、上手な人/苦手な人、神経質な人/大ざっぱな人、地図を見るのが好きな人/苦手な人、おしゃべりな人/寡黙な人、若い人/お年の方……それぞれ違うのだから自分で好きなように工夫すればいいのに。

権威や誰かの保証がないと、不安なのかな。たしかにほとんどの人がそんな風に、自分より他を信頼せよ、と躾られて育っているもんね。

でも、自分で考えた方が楽しいよ。自分で考えることがらを増やしていくんだー。ボチボチと自分のペースで。

もう変人といわれても大丈夫だし。たぶん……!!

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そういえば、村中くんが四段、プロになった。おめでとう!! よかったねー! 高柳名誉九段も喜んでいらっしゃることでしょう。

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2004.10.13(水)飛鳥きよみはら

地図で石舞台古墳を見つけた。そばには欽明天皇陵があった。これって、アツノキミ(字、忘れた)に親切だったお兄さん!? ススオだっけ? むむ、亀石? いし〜!!

「ここに行きたい!」とダンナに叫ぶ。「いいよ」とすんなり。

日本での旅行はお金がかかるし、人がいっぱいいるし、タバコの煙がどこにでもあるので、二の足を踏んでいた。なのにトントン拍子。「奈良に2泊、京都に1泊」と決め、ネットで奈良のホテルもとれた。

猿石ただ、京都のホテルがとれない。十数回試し、ことごとくパソコンがハングする。「じゃあ、3泊とも奈良にしようか」とダンナ。すると一発で、「延泊手続き完了」。あのフリーズはなんだったんだぁ〜。

奈良に呼ばれてるぅ〜!?

大阪の友だちに連絡する。ちょうどその日はお休みで、しかも石舞台古墳に行きたかった、と返事が。

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新横浜から京都まで「のぞみ」で2時間。京都駅で近鉄特急に乗り換え。9分しかなかったが、特急券を買うのに並んで(そのくせホームにも自販機が! 早く言ってよーー)、4分前くらいには着席。ホッとする。

奈良から飛鳥まで、橿原神宮前で乗り換えて、およそ1時間。

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駅のそばでレンタサイクルを借りる。荷物を預かってくれた。家を出るときは土砂降りだったので、大きな傘持参。持ってかなくてすんで、ヨカッターー。

明日香村は秋らしいよいお天気。

猿石(吉備姫王墓)、欽明天皇陵、鬼の俎(まないた)、鬼の雪隠、天武・持統陵、亀石、橘寺。

民家の軒をかすめたり、人んちの裏庭みたいなところだったり、田圃の中の道だったり。のんびり……でも、意外に高低があるのねー。ふぅふぅ。モモが痛いよぉ。

橘寺橘寺(←写真左)は厩戸皇子(聖徳太子)が生まれたところ、という。小さな山の麓にある。古い建物と新しい建物が入り交じり、愛馬・黒駒の像などは新しい。

親鸞の像に「親鸞ってだれ?」と問うと、ふたりが口々に答えてくれる。友だちは文系、ダンナは歴史大好き隠れ文系の理系、わたしは歴史音痴のインチキ理系。ガイドが多くていいのぉ。

橘寺は遠景もすばらしい。

そこから石舞台古墳へ。車道ではなく、山際の細い道を行く。深山の中にいるようで、とてもステキ。脇には渓流。

石舞台の中蘇我馬子の墓とも言われる古墳は、巨大な石の組み合わせ。中に入ると、感激する(写真右→)。でかい! いったいいつ誰が。

鬼の雪隠だって、俎の場所から転げ落ちたと言うが、いったいいつ誰が。大きな石!

どきどきにこにこ。

伝飛鳥板蓋宮跡(ふたつあった?)、酒船石を経て、飛鳥寺へ。飛鳥大仏のお顔は正面を向いていなくて、からだも傷だらけで……オリジナル部分はごく一部というが、1400年もここにおられる。すべてをご覧になり、すべてを引き受けておられるのか。

最後に、蘇我入鹿の首塚にお参りし、高松塚古墳のふちを通って、一路、駅へ。レンタサイクルは5時でおしまい。滑り込みセーフ!!

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この人生では初めてだけど、きっとここには何度か来ている。日々、暮らしていたことだって……。兄弟親戚間での殺し合い、騙し合い、氏族間での争い……。この血塗られた土地で、生命の危険を、あるときはヒシヒシと感じ。

飛鳥大仏たくさんの血を流して守ろうとした天武系も、短期間で人が尽き、結局天智系がとって替わり……と二人が解説してくれた。殺して殺して排除して、でもそれは自分の力を弱めることに。人にしたことは、自分に返ってくる。

そして諸行無常。アーメン。

いまの政治家は殺される頻度は減ってきた、と思う。すこしは進歩したのか?? いや、世界を見ればそうとも言えない?

いまの飛鳥は明るくて、ほんとに飛鳥浄御原(あすかきよみはら:むかしそういう名前の宮があった)な感じ。もともとすごく聖い土地……だからここを選んだのだと。

この土地を、むかしむかし、上空から見おろしていた……。

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ホテルでは3連泊の初日。寝付きが悪かった。

閃いた。

抗うのはやめよう。眠れないなら、心に浮かぶそのままを見て感じよう。

そのうち眠りに落ちた。

「おまえが推古天皇だ。いちばん古い推古なのだ」と夢の中で誰かが言う。「ああ、それでつじつまが合う。謎はすべて解けた!」と夢の中で思っている。目覚めた今はすっかり忘れてしまったが。

はてさて、なんだろう? まぁそれでもいいや。それにしても一番フルイ???

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ご参考 国営 飛鳥歴史公園

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2004.10.14(木)斑鳩と平城京

宿泊は大和郡山で、JRにも近鉄にも乗れて便利だった。しかも「奈良大和路フリーきっぷ」(横浜から8日間有効で16520円。特急券は別に買う)を使ったので、範囲内のJR・近鉄・奈良バスに乗り放題。

今日はJRとバスで法隆寺へ。そこから近鉄郡山までバスで戻り、近鉄で西ノ京駅へ。唐招提寺付近からバスで平城京の朱雀門へ。少し歩いて、近鉄奈良駅までバス。東大寺の南大門まで行きは歩き、帰りはバス。そしてJRでホテルに帰る。ぜーーんぶフリーきっぷでまかなえちゃった。お得!

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法隆寺の門さて、法隆寺(世界文化遺産)。修学旅行は九州だったので、初めてかも。

びっくりした。観光地だった。たくさんの観光バス。広い駐車場。軒を並べるお土産屋さん。食べるトコ。なぬ? 太子鍋!? 「こちら聖徳太子の腿肉でございます。軽く火を通してお召し上がり下さい」って感じ!?

そして修学旅行生! 小学生から高校生まで、いったい何集団いるんだぁ。すごーーい。でもあんまりお寺にも仏像にも関心ないみたいね(*^_^*)。そうだよねぇ。

おっさん小学生の集団にすり寄る。お坊さん(?)が説明をしているので、もらい聞き(盗み聞き?)。法隆寺にはクモの巣がはらないんだって! なぬ、エンタシス? なに語?? でも、ダンナはすでに知ってる。歴史で教わった!? 知らなんだ〜。

眠り獅子五重塔はさすがに美しい。小鳥がたくさんいて、さえずり声が常に聞こえる。清々しく賑やかでええのぉ。フランス人のオジサン(勝手にフランス人と決めた)もじっと見入っている。

塔や金堂には龍がからみついていたり、おじさん(?)が梁を支えていたり、遊び心が満載。ステキ。四方から中を見ることができて、なんかパノラマみたいな像がある。これってニッポン? なんか不思議で面白い。奈良時代につくられたということだが。

ウェイトリフター子どもたちにまみれて、金堂も見る。仏像がいくつかあって、「○×像」と札もあるが、どれがどれかわからない。ダンナとあれこれ話すうちに、「じゃあ、これが○×だよ!」と解明できていく。立て札で直感的に思ったのとは、まったく違った。むむ、むずかし〜い!

むかし国語で習った玉虫厨子もある。ほんと? ほんもの? どっかで架空の物語って思っていたかも……。なにかと成績はよかったけど、勉強が血肉になってないんだなぁ。夢殿なども見て、バスに乗る。

法隆寺……うんうん。いいなぁ。法隆寺かぁ。聖徳太子ゆかりの地・斑鳩。

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一日3本のバスがあり、郡山経由で薬師寺や春日大社まで行く。斑鳩はすこし離れているので便利だよねー。柿畑があると、関東からと思われる中高年の集団が「法隆寺の柿よ!」とざわめくのもおもしろい。われわれは郡山で降りて、ほか弁を買い、友だちと待ち合わせの西ノ京駅で食べる。

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こんどは薬師寺。昨日は天武・持統天皇陵に参ったが、天武天皇が奥さんの持統天皇の病気平癒を願っておつくりになったもの。実際には自分が先に死んじゃうんだが。

お坊さんが中学生に話している。「辛抱はしちゃいかん。辛さを抱いていてはいけない。辛抱するっていうのなら、真棒を一本通しなさい。そうすれば、辛は幸になる」。おお、うまいことをおっしゃる!

「来年1月、NHKで大化改新をやります。是非、見るように。なんでか? わたしが出てるからです!」と爆笑を誘う。見なくちゃ。いそいそ。メモメモ。

薬師寺ここには三重塔が2基。白鳳時代につくられた国宝の東塔。昭和56年に再建された西塔。新旧の塔が並び立つ。友だちが西塔再建の本を持ってきて、解説してくれる。飛鳥時代の建設技術は、それはすばらしいものだという。時代が下るに連れ、むしろその技術は失われていった観がある。ピラミッドと言わず、石舞台といわず……不思議。

あ、さっきのフランス人のオジサンだ。

写真(→)はありがたい薬師寺の雪隠。

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玄奘三蔵院伽藍というのがあって、「三蔵法師がここに来たの?」と問うと、ふたりに「そんなハズはない」と否定されてしまう。じゃあ、なんでなんだー? 彼のお骨(舎利)をもらってきて、祀ってあるのだそう。仏舎利といい、どこまでホンモノ?

年に二回だけ公開する大唐西域壁画殿がちょうど開いていて、平山郁夫さんが30年かけて描かれた絵をみることができた。で、で、でも! 絵の具代だけで1億円以上!? クラクラ……。

寺院建立は、権力の誇示だったりもしたんだもんねー。信仰心もあるだろうし、いろんな願いを込めてもいるだろうし、誰かとの競争だったりもするよね。フクザツ。

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唐招提寺はなんとか殿を改修中とのことでパス。完成する5年後にまた来よう。

朱雀門平城京(世界文化遺産・特別史跡)の朱雀門(←写真左。線路は近鉄)を目指す。だだっ広い野っぱらに大きな門がポツン。遠くに第一次大極殿(だいごくでん)が復元工事中。完成する6年後にまた来よう。広いーーー。

吹きッさらしで、肌寒い。雲行きも怪しくなる。近鉄奈良線を越えると、平城宮跡資料館がある。てくてく歩く。見えてるのに、遠いなぁ。誰かが野球をしている。

資料館の入口がわからない。なんと午後4時で閉門。雨が降り出し、開いていた出口で雨宿り。「4時半に閉めるから、奥の方から見て」と係りの人が入れてくれる。

見てヨカッタ! 規模の大きさがよくわかる。びっくり。大和郡山のあたりまで、ぜーーんぶ平城京なのだった。これからいろんな建物を復元するんだろうか。「このままだだっ広い方がいいなぁ」と友だち。それもわかるぅ。

出ると雨はやんでいて、バスから虹が見えた。見ていると二重に。ふふ、きれい。山川亜希子さんが「なにかが終わった祝福の印」とおっしゃるので、よけい嬉しい。

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しかでぃあーー暮れなずむ中、東大寺を目指して歩く。鹿も見たかった。おお、いるいる! いまは発情期でそばに寄ってはアブナイらしい。

あ、またフランス人のおじさん。今日は同じようなルートを歩いたのねー。

南大門は薄暗くて、よく見えない。だけど、でかいなぁ。すごいなぁ。どうやってつくったんだろう。仁王さま、我王さまと写真を撮る。

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まだお客の入っていない和食屋さんで夕食。なかなか禁煙の店が見つからないが、人が少ないときは狙い目かも。食べ終えて話していると、どこかの席からタバコの臭い。早々に引き揚げて、近鉄奈良駅のスターバックスでおしゃべり。ここなら、煙がないものね。だからついついスタバに行ってしまうのだった。

2日間つきあってくれた友だちは、明日からお仕事。どうもありがと! また大阪に遊びに行くねーー。

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2004.10.15(金)吉野

今日は吉野。近鉄の終点まで行く。

桜の名所としか知らなかったが、飛鳥を調べる過程で古人大兄皇子、大海人皇子が出家すると言って吉野にいちじ身を隠したこと、持統天皇が何度も訪れていることを知った。南北朝ファンのダンナによると、後醍醐天皇がいたというし、彼の陵もあるそうだ。ついでに、源義経と静御前も吉野に逃れたとか。

わたしでも知っている名前が揃ってるなぁ。有名な場所なのね。

ひとめせんぼんけっこう時間がかかる。橿原神宮前から1時間くらいかな。電車の中では知らない人同士でおしゃべりをしていた。いいなぁ。あんまり首都圏ではお目にかからないかも。首都圏の電車内って、人はひしめいていてもシーンとしてるものね。

ドンドン山の中に入り、吉野川を渡ると、まもなく吉野駅。ケーブルカーの駅までお土産屋さんが軒を連ねる。

ケーブルカーはかわいらしく、同乗したお客さんが「日本で一番古いんですよ」と教えてくださる。往復のチケットを買ったが、帰りは歩いちゃった。

黒門、銅鳥居(かねのとりい)とたどっていくと、巨大な蔵王堂が見える。でもまずは吉野ビジターセンターだな。入場料200円。うーん、有料なんだ。ヴィジターはわれわれのみ。吉野を紹介するビデオを見せていただく。なるほど! で、役小角(えんのおづぬ)ってだれ? 修験道ってなに? 仏教なの? 「ぶっせん」で「ジャンルが違う」って坊主が言っていたけど……。あちこちで売ってる吉野葛とは? 柿の葉寿司の由来は? かえって疑問だらけに。

お昼には柿の葉寿司を食べる。バッテラを柿の葉っぱで包んだもの。おいしい。実は初日に、新横浜でも買ってしまったのだ。「名物」とあったので、新横浜でも名物なのか、奇遇だなぁと思って。よくよく見たら、やっぱり奈良の名物でした。

蔵王堂は修験道の大本山で、国宝。東大寺大仏殿に次ぐ大きさなのだそうだ。ほんと大きい。谷を降りると、南朝皇居跡がある。ゆめのあと……。

吉水神社次は吉水神社(写真→)。ここも吉野皇居と書いてあって、さっきのとことの関係がよくわからないが……。後醍醐天皇の玉座があり、かつまた義経・弁慶・静御前が潜んだという部屋が。弁慶が使った刀(槍だっけ?)とか、義経や静の持ち物とかが展示してある。えええ〜、ホンモノ? こんなに無造作に?? 建物も重文だし、古美術、重要文化財の宝庫なのだそうだ。ってことは、ホンモノ? ほんとう!? だって、ほんとになにげなく置いてあるのですよ。信じられない! ビックリ。

勝手神社ガイドブックでは吉野は食べるところが少ないような印象だったけど、食堂、旅館や民宿、たくさんあるじゃん。勝手神社(写真←)という、静御前が舞を舞った神社がある。勝手……おもしろい名前だね。寄付を募っているようで、それもそのはず(?)屋根が半分、トタンでカバーされてるような……壊れちゃいそうな……。しずやしずしずのおだまき、だいじょうぶ?

静御前はここ吉野で義経と別れ(義経は女人禁制の場所に行った)、捕らえられて鎌倉に送られる。鎌倉でも頼朝らのまえで舞う。月満ちて義経の子を産むが取り上げられる……。

ここにいたのねぇ……。こんど鎌倉にもお参りに行こうか。

歴史音痴のわたしが、飛鳥のことを調べたらなんとも血なまぐさかった。頼朝・義経の源氏にしてもほとんどが横死していて、一族内の争いで死んだ人も多い。歴史って……妬み合い、騙し合い、殺し合いの歴史なのかなぁ。わたしの中にも怒りや憎しみがあるもの。それを愛してあげるまで、いまのままの歴史は続く。

もう少し、もう少しで転換できるよね。

さて、メインストリート(?)をはずれて、後醍醐天皇の御陵をめざす。いままでひとつの峰をたどっていたが、ひとつ隣にわたる。山を下り……「五郎兵衛茶屋」。民宿か喫茶店かと思ったら、見晴らしの良い場所。「建武中興」の碑があった。

途中には茶店だったのかなという朽ち果てた小屋が……。行き会う人もなく。季節はずれなのか、もともとそんなに人はいないけど(桜でもないし、紅葉でもないし)、後醍醐天皇に会いに行く人は少ないのかなぁ。

あれ、道が左右にわかれて……どっち? 透かすように右を見ると柱が立っていて、4つの文字が。きっとあっちだよ、と歩き出す。行けども行けども柱はなく、替わりに6つのお地蔵さんと3つの石碑が。石碑はひっそりと苔むして、字は読めない。お地蔵さんが呼んだのかな? 手を合わせる。掌のしわとしわを合わせて、しあわせ♪ 薬師寺で習ったんだ〜。

如意輪寺の塔どっちに行っても着いたのだろうな。

谷から道をあがり、如意輪寺(にょいりんじ)に着くと、人はいるじゃないか。猫がいて、小さな売店があって、扉には「キツネが入るので、閉めてください」の張り紙が。人なつこいキツネなんだって。見たい〜。

やっぱちょっと貧乏そう……でもここにも楠木正行(まさつら)が辞世を刻んだ扉とか、ふっるーい絵とか、馬の鞍、刀、兜とすごそうなものがいっぱい。正行は13歳(?)で父が戦死、25歳で自らも戦死する。

見ていたおばちゃんが「23歳やったんやろ? かわいそやなぁ、若いのになぁ……」と言っている。まるで近所の知り合いのように語るのがおもしろい。

すてきな塔(写真↑)は、向こうの峰から見えて、よい風情であった。

後醍醐天皇陵裏手に後醍醐天皇の御陵(写真は登り口→)があり、宮内庁の小屋と係りの人が一人。天皇のお墓の中では唯一北向きにつくられているという。北には京都。帰りたかったんだね。

ここから裏道とも言える舗装した山道を吉野駅まで歩く。温泉宿がひとつあるきりで、静か。森林浴。

歩きながらダンナに「どうやって南北朝は一緒になったの?」などといろいろ質問攻め。物知りなので、詳しく説明してくれる。一家に一人、ガイドさん♪

帰ったら、血塗られた悲劇をも少し勉強しようっと。

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2004.10.16(土)宇治・伏見・龍馬・法然

さて今日は帰るのだが、どこに行こう? わたしは飛鳥にさえ行ければよかったので、なーーんも希望なし。

「じゃあ、平等院は?」とダンナ。宇治はきっぷの乗り降り自由区間。すぐ北に桃山城ってのもある。桃山には明治天皇の御陵もある。護国寺のとこの豊島ケ岡御陵なのかと思っていた。びっくり。

なんとなく京都駅の北側だけが京都だと思い込んでいた。でも宇治も桃山も京都なのだそうだ。桃山から歩けるところには、坂本龍馬が投宿した寺田屋もあり、宿屋としていまも営業中とのこと。NHK大河ドラマで「新選組」をやってるので、混んでるかも。でも行ってみよう。

宇治の住人宇治といえば、お茶。お茶を売るお店がいっぱいある。茶そばもね。

宇治川はなかなかの急流。気持ちよい勢いで流れている。

平等院は1052年、藤原頼道(よりみち)がつくったのだそうだ。いまケーブルテレビでやってるNHK大河ドラマ「炎(ほむら)立つ」にも出てくる公家だな。アタマが飛鳥時代なので「そんな最近のことかぁ」。10円玉の図柄で有名な左右対称、左右に長い(?)建物が池に姿を映している。

鯱(しゃちほこ)やシビの替わりに(?)、屋根の上には一対の鳳凰が。ニワトリみたいで、かわいい。順路に沿っていくと、鳳翔館という新しくて立派な建物がある。ここで宝物を展示している。静かで落ち着いた空間。照明も落としており、ガラスもたくさん使っている。

11世紀につくられたという国宝・雲中供養菩薩像52躯(く)はひとつひとつポーズや衣装、表情の違う仏像で、とても面白い。ありがたいっていうか、ユーモラスだし、すごい彫刻技術だ。本尊である阿弥陀如来像の部屋の壁にとりつけられているらしく、その壁は螺鈿でも飾られているらしい。

「全然、ワビさびじゃないんだね」と聞くと、「侘びさびが、尊重されたのはごく短期間で、ほとんどはキンキラが好きなんだ」とダンナ。なぁ〜んだ。だまされてたぁ!

それにしても、ここの展示はお金かかってるなぁ……。吉水神社や如意輪寺にも、お金、分けてあげればいいのに。

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お船桃山城は閉鎖中と駅に張り紙があり、徒歩で寺田屋を探す。JRからはかなりある。宇治川の運河(?)端にあり、川には当時、物流に使われていた三十石船が観光用に動いている(写真→)。流れは水がきれいで感激!

旅籠・寺田屋の隣の空き地には句碑などがあり、そのひとつに「人が自分のことをなんと言おうが関係ない。自分は自分であるだけだ」という意味の龍馬の言葉があった(写真↓)。すごい! ミテも肝に銘じよう。ありがたい。

建物の中も見学した。部屋には龍馬が撃ったであろう鉄砲の弾痕もある。おりょうさんがお風呂からかけつけた階段も。おおっ、ここで! 「ここで龍馬は死んだのかぁ」と思っていると、ダンナが「ここでは薩摩藩士が死んでるし」。むむ? 「龍馬も?」「いいや、それは別の処」。

龍馬さまここでは生き延びてるんだ! よかった! まんが「おーい! 竜馬」も読んだのに、全然勘違い。ははは。

いや、でもたいした人気スポットだった。そうか、ここらへんは伏見というのか。なるほど、ここかぁ。

どうも京都って、興味が湧かないっていうか……初めて来たときは弟が水疱瘡になっちゃって、予定を切り上げて帰ったし。どういうわけか、ほとんど知らないんだわ。また時が来たら、ね。

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バスで知恩院に行った。運転手さん、感じ悪〜い。バスは渋滞でちっとも進まない。満員だし。ぶーぶー。京都って!!

飛鳥寺で出会った親鸞のお師匠さまが法然。彼がつくった浄土宗の総本山なのだ。「念仏してて、眠くなったらどうしたらいいでしょう?」「起きたら念仏しなさい」てなことをおっしゃったと徒然草にあるそうだ。

むむ、自然体! いいじゃないか。

往生についても「一定(いちじょう)と思えば一定、不定(ふじょう)と思えば不定」と。人の人生はその人の「思い」が創っている、ってことだよね。いいじゃん!

「善人が極楽に行くのなら、ましてや悪人こそ行くだろう」とか。すごい!

知恩院受容して、愛して、はじめて変わるのだものねぇ。まぁ、法然さまって!

幼いときから比叡山で修行をして、悩み苦しみ、経典をたくさん読んで、40代で思い至ったのが浄土宗。

ああ、お釈迦様もイエスさまとおなじように、法然も苦しみ悩んで探し求めたのだ。どこかで自分が苦しみ悩むことを「情けない」「ダメだ」みたいに思っていたりもしたが、それは思い違い……。ありがとう! 法然さま!

すごく立派なお寺である。徳川家が信仰したので、どんどん壮大になっていったのだろう。大きな三門(写真)は見事。千姫のお墓も見つけ、驚いた。姫さまも波瀾万丈の人生でしたね。よかったですね。

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京都駅ビルには「京都拉麺小路」があり、ありがたいことに全店全面禁煙だった。京都宝屋に行ってみる。とんこつ醤油味? 横浜家系とおんなじかな(^^;。細麺なところが違うか。おいしかったよ。

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いい旅だった。いろんな知識がチャンプルーで、ゴッタ煮! うち何割かは定着することでしょう。

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2004.10.18(月)推古療法

いろいろと落ち込んで、悩んできたけれど、それって「見たくない自分」「心の闇」を見つめてたってことだよね。

ワタシッテ、コンナナノ……? ソンナ莫迦な! ガックリ……シクシク。ズドドン!

でもそれをなんとか受け入れて、認めて、スリスリして、共感して、話を聴いて、その結果、成長してきたと思うよ。

そっかーー。

「いつも明るく前向き」でいるために、自分の暗部やマイナス面を無視したり、抑圧したりするより、よっぽどよかったんだ〜。少なくとも、自分に取り組んでる、取り組んできたってことだもんね。

だって、すっごく楽になってるもの。イツノマニヤラ……!

うつや落ち込み、万歳! 引きこもりもブラボーー。。

♪♪♪♪♪♪♪

「前世療法」と「インナーチャイルド・ヒーリング」と、ひとまとめに現す言葉ってないかなーーといつも考えている。

「昔の自分を見る」ってことだけど、推古、推古……いにしえを推し量る、古きを推す。ふーむ。推古療法……?? ははは。マニアックすぎ?

結局全てのヒーリング/セラピー/人生は、「ほんとうの自分を回復する」「自分を思い出す」「自分を生きる」ためのもの。

それって、蘇我!? 我を蘇らす(よみがえらす)。

これからは物質を所有することから離れ、共有する世の中になっていくだろう。物のために生きるのではない。

だから、物部(もののべ)は滅びたのか! ……な〜んて遊んでいる。

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2004.10.19(火)どんな人にもなれる

今まで単純に、お医者さん、先生、消防士さん、看護婦さん(当時は)、セラピストなどなど……は「人を助ける仕事!」と思っていた。その職業につきさえすれば、自動的に人を助けられる、みたいな。

ほかの仕事だったら、人を助けない……???

そうじゃないなぁ、とやっと意識した。

優しく暖かな医者もいれば、威張って権威的で人を傷つける医者もいる。教師だって、ステキな人もいれば、思い出すのもいやなヤツもいる。スーパーの店員さんや喫茶店のウェイトレスさん、通りすがりの人の笑顔に、ホッとすることも多い。

どんな職業に就いていようが、就いていまいが、なにをしていようが、なにもせんでも、人は自分がなろうと思う自分になれるのだ。

温かい人。優しい人。厳しい人。イヂワルな人。せこい人。おおらかな人。大ざっぱな人。細かい人。思いやりのある人。洞察力のある人。冷静な人。穏やかな人……。

こんなことにいまごろ気づくなんて! でも、気がついてヨカッタね♪

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2004.10.29(金)思いの重さ

友だちは、いつも赤ちゃんを乗せて運転している。たいていはおとなしいのだそうだ。でも、道に迷って友だちがパニックしているときに限って、子どもがぐずるのだという。

ママの気持ちをキャッチして増幅するのかしらね〜。ママが平穏になれば、赤ちゃんもスヤスヤ?

もしそうだとすれば、おかあさんがイライラしてると、赤ちゃんが泣き叫び、さらにおかあさんのイライラが募る……なんてことがありそう。

母親が嬉しくてたまらないと、子どももハッピーで、ふたりでもっとご機嫌に?

人間の気持ちって、おもしろい。赤ちゃんとおかあさんのつながりもおもしろい。

♪♪♪♪♪♪♪

地震の土砂崩れ現場から、2歳の子どもが96時間ぶりに救出され、「子どもは絶望を知らないから、耐えられたのかも」というコメントを読んだ。

絶望したら、死んだらどうしようと不安で怖がったら死んでしまい、怖がらなければ、安心していたら、こころが穏やかだったら、楽で無事?

♪♪♪♪♪♪♪

「つらくてたまらない!」と思うこと自体が、辛いのかも……。

「思い」は力があるんだねぇ。

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